-
最近の投稿
最近のコメント
アーカイブ
カテゴリー
ラルフローレンといえば
月別アーカイブ: 2月 2011
ラルフローレンとの出会い
ラルフローレンやバーバリーは、家族ぐるみでのファンが多く、長年愛されている、という感じがします。特にしっかりした家庭、というか、身の回りのものに気を遣うご家庭では、ラルフローレンやバーバリーの人気が高いような印象があります。みなさんの周りではいかがでしょうか? 私自身、ラルフローレンのことは知っていましたが、あまり詳しくはなかったし、買ったこともありませんでした。そんな私とラルフローレンの出会いは、家族からもらったダウンジャケットでした。仕事中、寒くないようにと家族がプレゼントしてくれたラルフローレンのダウンジャケットが非常に暖かく、軽く、とても嬉しかったことを覚えています。 そんなラルフローレンとの出会いから早数年。今では表参道に大きな店舗が出来たり、全国のアウトレットモールに参入したりと、目覚しい活躍を遂げています。海外でもDFSに行けば必ずラルフローレンが一等地に出店していますよね。そろそろ私もラルフローレンのダウンジャケットを新調しようと思っています。以前家族からプレゼントされたラルフローレンのダウンももちろん健在ですが、常に新しい気持ちで前進するために、久々に表参道店に買い物に行こうかな~と企んでいるところなのです。
生物と子育て
最近、「人はなぜSEXをするのか?」という本を読みました。学術的に、かなりまじめに性にたいしてアプローチしています。ちなみに、性交の中身についてのアプローチではなくて、人間と言う種族が、他の動物、鳥類、昆虫とかなり異なる性交を行なうのは進化の歴史においてどういった要因があり、どういった意味があるからなのか、というような内容です。 たくさんの、人間の「不思議」が登場します。他の生物のスタンダードは人間にとってはかなり「不思議」でもありました。 例えば、カマキリは交尾したあと、雌が雄を捕食することで知られています。なぜあんなことをするかといえば、雌が雄を食べることによって、雌はたくさんの栄養を取り、良い子が産めるから、というわけです。雄が甘んじて食べられる理由としては、おそらく一生涯でもう二度と交尾の機会、つまり繁殖の機会がめぐってこないため、だそうです。一生のうち、雌と出会い、繁殖できる機会はごく稀なのです。ですから、次の繁殖の機会を求めるよりも、その非常に幸運だった一回に全てをかける、というのがカマキリの習わしなのです。 人間も他の生物も、雄、雌の双方が何かを犠牲にして子供を産みます。例えば人間の女性であれば、妊娠期間は激しい運動は出来なくなりますし、その期間は実に1年弱もあります。その後も授乳させなければなりません。これに対して雄(男性)の犠牲とは微々たるものであることはお分かりいただけるかと思います。これを、文中では「投資」と表現しています。その投資がどの程度大きいかで、どちらの親が(もしくは親の両方が)子育てをするかが決まるそうです。生物は、子育てに対して非常にドライで合理的な判断を下しているようです。 例えば、雄が、一匹の雌を大切にしたほうが繁殖の可能性が広がる種であれば、一匹の雌を大切にし、子育ても協力します。しかし、その雌を捨てて次の繁殖の機会を求め続けたほうが良いと判断される種においては、雄はまったく子育てに関与しないそうです。遺伝子だけ残してどこかへ去っていくわけですね。 人間も同じく、男性は一年間に100人の子供を残すことも可能ですが、女性はどう頑張っても無理です。基本的には1人しか生めません。 さらに、ほとんどの動物において「父性」というのは確立が難しいのだそうです。どういうことかというと、母親は、自分の子供は100%間違いなく自分の子供であるという確信が持てるのに対し、父親のほうが100%その確信を持つのは無理だということです。これは実は、人間だけではなく、多くの動物でも同じことが起こるといいます。そして、最悪なのは自分の子供だと思い込んで他人の子供を育てることで、このとき、この父親は繁殖と言う競争に関しては完全に負け、になるとのこと。 つまり人間の男性にとって、一人の女性とその子供だけを大切にするという行為は、他の繁殖の機会を非常に大きくロスするだけでなく、そもそも数少ない我が子さえも自分の子供かどうか分からないというあいまいさが残る、非常にリスキーな行為であると言えそうです。 なのにどうして一夫一妻制がこうも広がったのでしょうか?ちょっと長くなってしまったのでそれはまた次の機会に…。